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ケンコーコムの行政訴訟、逆転勝訴の理由と最高裁の行方
2012年05月23日 17時47分

4月26日、ケンコーコム株式会社ほか1社が原告となり、医薬品をインターネットで販売することができることの確認を求めた事件で、東京高裁は一審である東京地裁の判決を一部変更し、原告らが医薬品をインターネット販売することを認める判決を言い渡した。

今回の判決で一審と結論が分かれたのは、「医薬品のネット販売を規制する厚生労働省令が薬事法に基づく適法な規制といえるかどうか」という争点についての判断の違いにある。具体的にはどういうことなのか。その前提として、省令と法律の関係を説明したい。

各省庁が制定する「省令」とは、国会が制定した「法律」がその法律の中で各省庁に特別に委任し、具体的な範囲内でのみ法律の内容を定めることができる命令(委任命令)を言う(※)。省令で定めた内容が法津の委任している規制範囲を逸脱している場合は、法律の根拠がない規制であるとして違法・無効となる。そして、ある省令の規制が法律の委任の範囲内といえるかどうかは、法律の文言、法の趣旨・目的、立法経緯のほか、規制されることになる権利・利益の性質・重要性などの諸要素を考慮して総合的に判断されることになる。

今回の裁判では、厚生労働省令が定めた医薬品ネット販売の一律禁止という規制内容が、薬事法という法律で委任された範囲内といえるのかどうかがまさに争点になっているのだ。

東京地裁は、薬事法の趣旨や法改正の経緯などを考慮すると、医薬品の安全性の確保という薬事法の趣旨に基づいて、薬事法36条の5及び36条の6が具体的に委任している範囲内の内容であるとして、厚生労働省令は適法・有効なものであると判断した。これに対し、東京高裁は、東京地裁と同様に薬事法の文言、法の趣旨・目的、その立法経緯などを考慮したうえで、薬事法は省令で医薬品ネット販売を一律に禁止するという強度な規制をすることまで認めていないため、厚生労働省令は違法・無効と判断したのだ。

東京高裁は、医薬品ネット販売を一律に禁止することは販売業者に対する規制態様としては非常に強度なものであるから、このような国民の権利・利益を制限する事項については、省庁で制定する「省令」ではなく、国民から選ばれた国会議員で構成される国会で成立する「法律」により規定すべきだ、という立場を取ったものと思われる。

この東京高裁の判決を受け、5月9日、国側は最高裁への上告に踏み切った。上告理由の詳細は明らかになっていないが、最高裁で最大の争点となるのは、やはり「医薬品のネット販売を規制する厚生労働省令が薬事法という法律に基づく適法な規制といえるかどうか」という点だと思われる。

過去の最高裁の判例には、幼年者の在監者との接見禁止を定めた規則にもとづく規制内容について、法律としての監獄法はこの規制を許容する趣旨ではなく、接見禁止を定めた規則は法律が委任した範囲を逸脱した違法・無効なものであるとした事例がある。一方で、美術品としての刀剣所持が許可される対象を日本刀に限った規則の規制内容について、この規制の内容は銃刀法という法律の許容した範囲内であるとして、適法・有効と判断した事例もある。これらの最高裁の判例をみると、最高裁の判断においては、規制される権利・利益の性質・重要性が結論に大きく影響を及ぼしているとみることができる。

今回の件についても、医薬品をインターネットで販売するという権利の性質・重要性を最高裁がどのように捉えるのかによって、法律が制約を許容している範囲が影響され、省令による規制の有効・無効の結論を左右することになると考えられる。仮に、最高裁が医薬品をネット販売する権利を国民が本来的に有する権利ではなく、国家が特別に認めた特権的に与えられた権利であると考えるのであれば、省令による規制は薬事法が許容している範囲内にある規制であり、適法・有効であるとの判断に傾くだろう。他方で、国民が本来的に有する重要な権利ととらえれば、省令による規制は薬事法の委任の範囲を逸脱するとして、違法・無効になるだろう。

最高裁に上告した場合、裁判の内容によっても異なるが、判決が出るまでには通常1~2年ほどかかる。そのため、本件についても、判決が出るまでには年単位の期間がかかることが見込まれるが、長い目で本件の帰趨を見守っていきたい。

※省令には、委任命令のほか、法律等を施行するための省令である執行命令もあるが、今回のテーマで問題となっている省令は委任命令であるため、わかりやすさを重視し、執行命令に関する説明を割愛しました。

(弁護士ドットコムニュース)

法律監修:法律事務所オーセンス(http://www.authense.jp/)

※本記事はCNET Japanに寄稿した記事を再編集したものです。

4月26日、ケンコーコム株式会社ほか1社が原告となり、医薬品をインターネットで販売することができることの確認を求めた事件で、東京高裁は一審である東京地裁の判決を一部変更し、原告らが医薬品をインターネット販売することを認める判決を言い渡した。

今回の判決で一審と結論が分かれたのは、「医薬品のネット販売を規制する厚生労働省令が薬事法に基づく適法な規制といえるかどうか」という争点についての判断の違いにある。具体的にはどういうことなのか。その前提として、省令と法律の関係を説明したい。

各省庁が制定する「省令」とは、国会が制定した「法律」がその法律の中で各省庁に特別に委任し、具体的な範囲内でのみ法律の内容を定めることができる命令(委任命令)を言う(※)。省令で定めた内容が法津の委任している規制範囲を逸脱している場合は、法律の根拠がない規制であるとして違法・無効となる。そして、ある省令の規制が法律の委任の範囲内といえるかどうかは、法律の文言、法の趣旨・目的、立法経緯のほか、規制されることになる権利・利益の性質・重要性などの諸要素を考慮して総合的に判断されることになる。

今回の裁判では、厚生労働省令が定めた医薬品ネット販売の一律禁止という規制内容が、薬事法という法律で委任された範囲内といえるのかどうかがまさに争点になっているのだ。

東京地裁は、薬事法の趣旨や法改正の経緯などを考慮すると、医薬品の安全性の確保という薬事法の趣旨に基づいて、薬事法36条の5及び36条の6が具体的に委任している範囲内の内容であるとして、厚生労働省令は適法・有効なものであると判断した。これに対し、東京高裁は、東京地裁と同様に薬事法の文言、法の趣旨・目的、その立法経緯などを考慮したうえで、薬事法は省令で医薬品ネット販売を一律に禁止するという強度な規制をすることまで認めていないため、厚生労働省令は違法・無効と判断したのだ。

東京高裁は、医薬品ネット販売を一律に禁止することは販売業者に対する規制態様としては非常に強度なものであるから、このような国民の権利・利益を制限する事項については、省庁で制定する「省令」ではなく、国民から選ばれた国会議員で構成される国会で成立する「法律」により規定すべきだ、という立場を取ったものと思われる。

この東京高裁の判決を受け、5月9日、国側は最高裁への上告に踏み切った。上告理由の詳細は明らかになっていないが、最高裁で最大の争点となるのは、やはり「医薬品のネット販売を規制する厚生労働省令が薬事法という法律に基づく適法な規制といえるかどうか」という点だと思われる。

過去の最高裁の判例には、幼年者の在監者との接見禁止を定めた規則にもとづく規制内容について、法律としての監獄法はこの規制を許容する趣旨ではなく、接見禁止を定めた規則は法律が委任した範囲を逸脱した違法・無効なものであるとした事例がある。一方で、美術品としての刀剣所持が許可される対象を日本刀に限った規則の規制内容について、この規制の内容は銃刀法という法律の許容した範囲内であるとして、適法・有効と判断した事例もある。これらの最高裁の判例をみると、最高裁の判断においては、規制される権利・利益の性質・重要性が結論に大きく影響を及ぼしているとみることができる。

今回の件についても、医薬品をインターネットで販売するという権利の性質・重要性を最高裁がどのように捉えるのかによって、法律が制約を許容している範囲が影響され、省令による規制の有効・無効の結論を左右することになると考えられる。仮に、最高裁が医薬品をネット販売する権利を国民が本来的に有する権利ではなく、国家が特別に認めた特権的に与えられた権利であると考えるのであれば、省令による規制は薬事法が許容している範囲内にある規制であり、適法・有効であるとの判断に傾くだろう。他方で、国民が本来的に有する重要な権利ととらえれば、省令による規制は薬事法の委任の範囲を逸脱するとして、違法・無効になるだろう。

最高裁に上告した場合、裁判の内容によっても異なるが、判決が出るまでには通常1~2年ほどかかる。そのため、本件についても、判決が出るまでには年単位の期間がかかることが見込まれるが、長い目で本件の帰趨を見守っていきたい。

※省令には、委任命令のほか、法律等を施行するための省令である執行命令もあるが、今回のテーマで問題となっている省令は委任命令であるため、わかりやすさを重視し、執行命令に関する説明を割愛しました。

(弁護士ドットコムニュース)

法律監修:法律事務所オーセンス(http://www.authense.jp/)

※本記事はCNET Japanに寄稿した記事を再編集したものです。

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